お兄ちゃんの夏休み 織田秀信墓の調査 (橋本市向副)
2026年8月25日 4件のコメント
夏休みにやってきたお兄ちゃん、私のブログの統計を見ていて「清洲会議の織田三法師のその後 織田秀信の墓」を見に来ている人が最近とても増えていることに気がついた。曰く、今やっている大河ドラマ・「豊臣兄弟」のせいかなあ。少し前に清洲会議のことをやっていたみたいだから・・・。 それで夏休みの宿題・「和歌山に関する新聞」にこれを使いたいということで、いっしょに織田秀信の墓を見に行くことにしました。写真はカメラとノート、それに物差しを持って熱心に織田秀信の墓を調べているお兄ちゃんです。大きくなったものだとその様子を眺めていたのですが、私はすることがない。彼があちらこちらを見て回っているあいだ、墓所の登り口にある織田秀信公碑でもじっくり見てみようと眺めていたのですが、何とか読めそう。じゃあ彼が取材を終えて宿題の新聞作成に取りかかっている間に、私にとっては初めての石碑全体の解読に挑戦してみようと思い、写真をいろいろな角度から撮っておくことにしました。
碑文全体の解読の結果はご覧の通りです。できたと思って見直してみると抜けている文字があったり、反対に同じ字を繰り返し読んでいたりと、なかなか大変な作業でした。苔が生えていたり、風化して読めない文字があったりすることはなかったので、一応全文を読み取ることができたように思います。碑文の内容はあまり難しいと言うほどでもなかったので成る程、成る程とうなずきながらの作業でした。高野山・奥の院にある墓石の解読は数多くしてきたのですが、こんな長文の解読は初めてのことです。やっているうちに目はしょぼしょぼしてくるし、肩は凝りまくり。そんな私を見て、お兄ちゃんは肩たたきをして労をねぎらってくれました。優しい少年に育ってくれたものだと喜んでいたのですが・・・。 「あのね、まだ記事が埋まらないんだよ。もう一箇所行くところはない?」ですって。「じゃあ、真田幸村はどう?」 「う~ん。他はないの?」 九度山町にある真田幸村所縁の真田庵は以前行ったことがあるので、初めてのところに行ってみたいらしい。「それでは華岡青洲の春林軒は?」と言うと、興味を持ったらしく、次の日、出かけることにしました。また「和歌山にしかない信号機」などと言い出さなくなっただけでも、たいしたもんだと、ある意味ホッとしたことでした。ということで次回は華岡青洲編になる予定です。