葛木水分神社 その2 境内あれこれ (御所市関屋)
2026年10月21日 コメントを残す
本殿に登る石段の右にさりげなく置かれている、多分手水石だろうと思います。これを覆う建物((手水者)も、水が流れ出している龍などをかたどった吐水口もありませんが、素朴で趣のある手水石のように思います。
拝殿と思われる中に奉納されている絵馬です。戦争を描いた絵のように思うのですが、時代は明治? 兵士の着ている軍服や、帽子がそんな感じに見えるのですが・・・。日清戦争か日露戦争を描いているように思います。
こちらは鎧兜に身を固めた武者の戦を描いたように見えます。左の武者は白馬に乗っているものの、右の武者は騎乗しているのが茶色の馬のようにも見えるのですが、それにしては馬の首が異様に長いように見えるし・・・、馬には乗っていないようにも見えます。ただ、右の武将の兜の鍬形の形が細身であるように見えることから、鎌倉期以前の戦かなと思ったりしています。でも、鍬形という小さなものまで気を配って絵馬を描くのだろうかと思うと、それも違ってきますしね。結論は謎ということにしておきます。(^_^;)
拝殿の床下にあった蟻地獄の巣です。摺鉢状の形が崩れているところを見ると、もう成虫のウスバカゲロウになって飛んで行った後かも知れませんが、久しぶりに見ました。
鳥居をくぐったところにある石灯籠ですが、帰りに左側面に文化・・・と刻まれていることに気がつきました。江戸時代に作られたんだ・・・、それでは狛犬さんは?と調べてみると
どちらも嘉永六癸丑三月とありました。台座と狛犬様が同時に作られたとするなら、今から173年前に作られた狛犬様ということになります。 この様子なら、まだまだ大丈夫なようです。頑張ってね、狛犬さま。 ところで、宇太水分神社の狛犬の台座には嘉永七甲寅九月とあったのですが、こちらの狛犬さまと一つ違いと言うことになります。これが偶然ではないとするなら、もしかして同じ作者の狛犬さま?ということになるかも知れません。もしそうであるなら面白いですね。
と言うことで、葛木水分神社とお別れをしたのですが・・・神社への登り口の擁壁を見て、伴侶が「いいねえ~」と言ったので、私も「いいねえ~」と返事をしたのです。それで二人それぞれが「いいねえ~」と言ったものの写真を撮ったのですが・・・
私の撮ったのはこれ。擁壁にびっしりと生えている苔。この「モコモコ感」をいいねえ~と思ったのです。一方伴侶がスマホで撮っていたのは・・・
これ。「ノキシノブ」でした。同じところで「いいねえ~」と言っても、見ていたのは違ったものでした。50年以上連れ添ってきて、同じように「いいねえ~」と言っても、その対象物は違っていたんですよね。 「ノキシノブなんか、どこにでもあるじゃない」と言うと「このノキシノブは特別にきれいだとは思わない?」ですって。一心同体なんて、何年経っても到達出来ない境地のようです。(^_^;)